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Japio YEAR BOOK 2019 寄稿『IPランドスケープ3.0』全文公開

弊社山内(執筆当時:株式会社三井物産戦略研究所 知的財産室室長)が、一般財団法人日本特許情報機構(Japio)発行『Japio YEAR BOOK 2019』に寄稿した「IPランドスケープ3.0」の全文を掲載します。ストーリー性とエグゼクティブサマリーを伴う「魅せる」戦略提言=IPランドスケープ3.0のエッセンスを、「中国×AI脅威の警鐘」「MaaS潮流下の深堀テーマ探索」という2つの具体的事例を通じて紹介した寄稿です。

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Publication
標題
IPランドスケープ3.0
IP landscaping 3.0
掲載誌
Japio YEAR BOOK 2019「寄稿集 特許情報の高度な活用」pp.216–225
発行
一般財団法人 日本特許情報機構(Japio)/2019年12月
執筆
山内 明(執筆当時:株式会社三井物産戦略研究所 技術・イノベーション情報部 知的財産室室長/現:弊社代表取締役社長CEO・弁理士)
Author
山内 明Akira Yamauchi
精密機械メーカでの開発業務や特許事務所での特許出願業務を経て現職。知的財産コンサルティング実務に基づく知財情報戦略(狭義のIPランドスケープ相当)の提唱者。互教の精神によるネットワークを活かして知財情報戦略の進化と啓蒙に邁進中。(プロフィール・所属は執筆当時のもの)

1.はじめに

本書への寄稿も今回で三回目となり、一昨年の「IPランドスケープ実践に役立つ知財情報戦略1)」、昨年の「IPランドスケープ2.02)」に続くものとして、何を書き加えるべきか自問自答した。

IPランドスケープ2.0では、知財情報戦略(弊狭義のIPランドスケープ1)14))の「8つのポイント」の一つ「仮説検証の積上」について、その積み上げ先たる「論点のゴール」設定が難題であることを直視し、その糸口を得るための対処法を紹介した。その後、これを反映した弊講座の受講者からは、IPランドスケープ実践で経営層から評価されるに至った方も現れている。しかしながら、未だに苦労している方も少なくないのも事実である。その成否の差には様々な要因が有るだろうが、自戒の念を込めていえば、IPランドスケープ2.0で紹介した対処法で糸口を得たとしても、それから「論点のゴール」設定に至るまでのストーリー構築の壁が一要因になっていると考えられる。また、折角の素晴らしい提言内容であっても相手方(事業部や経営企画部など)の琴線に触れる「魅せ方」ができなければ、具体的なアクションに繋がらず、徒労に終わり兼ねない。

以上に鑑み、今回は、「論点のゴール」設定に至るストーリー構築プロセスをできる限り具体的に例示し、更には提言内容の魅せ方、具体的にはエグゼクティブサマリーへの昇華法についても紹介したい。

なお、かかるストーリー性とエグゼクティブサマリーを伴う提言をこれまでのものと区別する意味でIPランドスケープ3.0と称する(紛らわしく思われる方もいるかもしれないがご容赦願いたい)。

2.知財情報戦略

知財情報戦略については、一昨年の寄稿1)で説明済であり、「8つのポイント」に留意することによりIPランドスケープ実践を可能とするものである。確認的に定義も述べると、「知財情報解析を活用して知財経営に資する戦略提言を図ること」であり3)、手法自体ではないこと(手法は手段に過ぎないことからも自明)、有効手法を活用した提言に限定される点でいわゆる戦略の意味ではないことにそれぞれ留意願いたい。

3.IPランドスケープ2.0

IPランドスケープ2.0については、昨年の寄稿2)で説明済であるが、改めて概説すると、知財情報戦略における「論点のゴール」設定の糸口を見出すべく、前工程として①業界潮流把握を設ける点(図1)が特徴的であり、かかる潮流把握に有効なアプローチ(表1)を推奨する。後工程たる②「論点のゴール」設定/戦略提言では、自社ポジション分析を経て、攻め筋/脅威抑制策を提言することを推奨しており、同工程では知財情報戦略をオーソドックスに適用可能である。

図1 「論点のゴール」設定とIPランドスケープ2.0

図1 「論点のゴール」設定とIPランドスケープ2.0

なお、表1に示したアプローチの内、③直近出願着目については、これに代えて又は加えて、自社注目度としての外国ファミリー数、更には明細書頁数や実施例数などに着目することも有効である。

表1 新潮流等把握に有効な4つのアプローチ

表1 新潮流など把握に有効な4つのアプローチ

4.IPランドスケープ3.0

IPランドスケープ3.0とは、上述したストーリー性とエグゼクティブサマリーを備えるものであり、端的にいえば、事業部や経営企画部などの琴線に触れる(魅せる)戦略提言である。

戦略系ファームのコンサルタントであれば、その種の戦略提言自体はクライアント企業の事業部や経営企画部から成果物として求められることが多く、今更感が有るかもしれない。しかしながら、著者が見聞きする限り、知財専門職者(企業知財部員や特許調査会社勤務者など)については、必ずしもそうではない。また、知財専門職者による成果物は、知財部長止まりで、事業部や経営企画部による洗礼を受けず仕舞いとなることが多く、そのことがレベルアップ(魅せる提言への昇華)の妨げとなり、悪循環に陥っているケースが少なくない。

しかしながら、かかる状況は最近になって変わりつつある。昨今のIPランドスケープブームによって、各企業の事業部や経営企画部が自社知財部に期待を寄せるようになり、これを受けて知財専門職による成果物が彼らにも露出されるようになってきたのだ。これによって成果物が洗礼を受ける結果、自ずとレベルアップできるかといえば、必ずしもそうではなく、期待の高さが仇となって「当社のIPランドスケープはこの程度か? ならば使えないものだ」と烙印を押され兼ねない。すなわち、多くの企業知財部にとっての昨今のIPランドスケープブームは、自部門の機能強化(専門職型から戦略コンサルティング型への移行など)を果たす絶好の機会(Opportunity)である反面、烙印を押され兼ねない脅威(Threat)でもあるのだ。

今回紹介するIPランドスケープ3.0が企業知財部にとっての救世主といえる程の大それたものでないのは勿論であるが、IPランドスケープの実践で悩みもがいている企業知財部員にとって少しでも役立つことを切望し、以下、「論点のゴール」設定に至るストーリー構築プロセスや、提言内容の魅せ方について事例を通じて紹介したい。なお、紙面に加えて事例開示許可取得の制約もあり、本来、読者が欲するであろう、具体的な個社向け戦略提言ではなく、特定業界向けに警鐘を鳴らすものや、個社戦略提言の前段階までに留まった点、ご容赦願いたい。

5.事例紹介その1(中国×AI脅威の警鐘を鳴らす)

5.1 ストーリー骨子の構築

本事例は、「AI分野における中国の脅威を炙り出す!」というお題を受け、日本企業/政府に警鐘を鳴らすことを想定したものである。まず、出願人ランキングマップを作成したところ(図2)、グローバルトップ30の内、その内の半数(15)を中国勢が占め、更にその内の2/3(10)を大学研究機関が占めるという興味深い事実が知得された。併せて、残る5つの民間企業としては、いわゆるBAT(BAIDU, ALIBABA, TENCENT)やHUAWEなどのジャイアントがランクインすることも知得された。また、中国勢では、前期(2013〜2014年)に殆ど無かった出願が、後期(2015年以降)に堰を切ったかのように一気に増え、GAFAなど

図2 AI関連出願人のグローバルランキングマップ

図2 AI関連出願人のグローバルランキングマップ

これらを踏まえ、著者が思い描いたストーリー骨子は、「中国では、大学研究機関が技術開発を主導し、その成果の社会実装をBATやHUAWEIが全面支援しているのでは? そうすると当然ながら国策も絡む(裏で政府が働き掛けている)のでは?」というものであった。ここで、著者自身は、AIに詳しい訳でも、中国の事情に詳しい訳でも決してない。従って、このストーリーに確証が有った訳ではなく、当然ながら検証(知財情報戦略でいう「仮説検証の積上」)が必要であった。

5.2 ストーリー検証のアプローチ

ストーリー検証については、大きく分けて2つのアプローチが考えられる。1つ目は、業界情報(主に非特許情報)を収集し、大局観を得てから検証に着手するアプローチであり、特に門外漢の分野を担当する場合には、理解を深めながら分析を進めることができ無難といえる。しかしながら、業界情報収集に割く時間と効果のトレードオフの問題が有り、具体的には、「折角、色々な情報を得たので、これらを上手く活用しなければ」という観念に陥りがちであり、時間対効果を損なう結果となり兼ねない。

そこでお薦めしたいのが、2つ目のアプローチであり、知財情報戦略でいう「ブーメラン分析」である。「ブーメラン分析」とは、特許情報で得た手掛りをもって非特許情報を収集する旅に出掛け、そこで得た手掛りを持ち帰って特許情報の深堀を行うものであり、知財情報戦略の8つのポイントの内の「特許情報/非特許情報」の両視点に直結するものである(図3)。

図3 知財情報戦略とブーメラン分析の関係

図3 知財情報戦略とブーメラン分析の関係

ブーメラン分析によれば、手掛りから手掛りを得ることで効率的な検証が可能であり、特に時間制約が大きい場合にお薦めである。本事例についても時間制約の関係からブーメラン分析を活用したため、参照されたい。

5.3 ブーメラン分析実践例(BATと中国政府の繋がり)

本事例では、冒頭の出願人ランキング(特許情報)から中国勢のBATと大学研究機関に注目することとし、まずはBATと中国政府の繋がりに関する情報(主に非特許情報)を収集することとした。手軽に非特許情報を収集すべく、「BAT AI 中国政府 政策」というキーワードでグーグル検索した結果、図4に示すような検索結果が得られ、上位に「人工知能(AI)強国を目指す中国」という記事4)が確認された。同記事には、2017年11月に「次世代AI発展計画推進室」が設立され、政府主導で4つの重点分野を定め、分野毎に中国IT巨大企業をリード企業に選定すること、具体的には、自動運転分野はBAIDU、スマートシティ分野はALIBABA、医療分野はTENCENTであることなどが紹介されていた(図5赤枠内)。また、他の記事5)からは各リード企業が担当分野でAIプラットフォームを担うことが示唆されていた。これらに鑑みれば、政府の後ろ盾を得たBAT各社が既存アセットを活用しながら、AIプラットフォーマとして影響力を増し、既存事業との相乗効果を目論んでいることが想起された。

図4 グーグル検索例(BATと中国政府の繋がり)

図4 グーグル検索例(BATと中国政府の繋がり)

図5 BATと中国政府に関する記事例(赤枠は著者付記)

図5 BATと中国政府に関する記事例(赤枠は著者付記)

以上より、「自動運転分野=BAIDU」、「スマートシティ分野=ALIBABA」、「医療分野=TENCENT」というキーワードが知得されるとともに、「AIプラットフォームと既存事業との相乗効果」という、ストーリー骨子の具体的な要素が見出された。

5.4 ブーメラン分析実践例(BATの深堀分析)

非特許情報から特許情報の世界に戻って深堀分析に努めるべく、まずは上位民間企業とグローバルインデックス(特許分類)のマトリクスマップ(図6)を作成した。同マップでは、出願件数に応じた個々のバブルチャート上、他社被引用数に応じたグラデーションを付しており、これによれば、どの出願人がどの分野に傾注しているかのみならず、他社注目度の高い出願の特定までも可能である。

図6 AI関連出願人(民間企業)ランキングマップ

図6 AI関連出願人(民間企業)ランキングマップ

例えば、BAIDUについては、自動運転分野において件数面で他社を圧倒するのに加え、他社被引用数が複数(他社注目度が比較的大)かつ米国でも権利化手続き中(自社注目度が比較的大)という点で重要出願候補といえるものが散見された。換言すれば、BAIDUは自動運転分野で量/質ともに存在感大といえるところ、重要出願候補を確認した結果、三次元ダイナミックマップの自動作成(更新)のプラットフォームを志向したものであった(図7)。更なるブーメラン分析として、BAIDUに焦点を当ててグーグル検索した結果、「“自動運転版Android”を作る、“BAIDUのApollo計画”6)」などの関連記事が知得され、三次元ダイナミックマップは自動運転分野のインフラともいえるものであり、その自動作成(更新)のプラットフォームの重要性が裏付けられた。以上より、BAIDUが自動運転分野におけるAIプラットフォームを担う資質があることが十分に裏付けられた格好となった。

図7 BAIDUの自動運転分野の重要特許出願例

図7 BAIDUの自動運転分野の重要特許出願例

ALIBABAについては、MEGVIIやSENSETIMEの大株主でもあるため、両社名義出願も加えて分析したところ、特にMEGVII名義には他社被引用数44にも及ぶ顔認証プラットフォーム関連重要出願が含まれることが確認された(図8)。ALIBABAは、MEGVIIのFACE++と称する顔認証(Face recognition)プラットフォームをアントファイナンシャルなどの自社事業に導入するのみならず、防犯などの面でスマートシティ分野にも導入しており、ここで(スマートシティ分野の)AIプラットフォーマに繋がることが導き出された(図8上、関連情報7)を付したので参照されたい)。

図8 ALIBABAのスマートシティ関連の重要特許出願例

図8 ALIBABAのスマートシティ関連の重要特許出願例

5.5 ブーメラン分析追加例(大学研究機関の役割検討)

次に、異例ともいえる存在感を呈する中国大学研究機関の役割を炙り出すべく検討を行った。検討手順としては、①大学研究機関に絞り込んだランキングマップ作成、②大学研究機関のグローバルランキング情報の収集、③発明者ランキングマップ作成、④主要発明者のプロファイリングとした(図9)。①の次に②を行ったのは、①の結果(上位大学研究機関の顔触れ)の妥当性を早々に検証する狙いが有り、これらに次ぐ③/④では、件数だけでなく所属先にも着目し、更には主要発明者による学術論文の被引用数にも着目し、特にキーパーソンといえる発明者の特定までも試みた。その結果、中国科学院が傘下に中国科学院大学を擁し、両者合算によれば大学研究機関として首位となり最注目であること、同大学のWang教授が特許出願数、他社被引用数、関連論文の被引用数を総合勘案すれば特にキーパーソンであることなどが浮き彫りとなった。

図9 大学研究機関の各種ランキング(発明者関連含む)

図9 大学研究機関の各種ランキング(発明者関連含む)

そこで、中国科学院とWang教授に焦点を当ててグーグル検索した結果、同院発ユニコーンで同教授が共同創設者兼務技術アドバイザーを務めるWATRIX8)が特定された(図10)。そこでWATRIXについてブーメラン分析した結果、歩行認証(Gait recognition)で世界屈指であり、顔認証(Face recognition)で世界屈指のMEGVIIとは補完関係、すなわち防犯などの面でスマートシティ分野を支え合う関係であることが浮き彫りとなった(図11)。

図10 中国科学院/Wang教授関連記事(枠は著者付記)

図10 中国科学院/Wang教授関連記事(枠は著者付記)

図11 中国科学院発WATRIXのブーメラン分析例

図11 中国科学院発WATRIXのブーメラン分析例

また、中国科学院がインキュベーション機能を備えることが判明したことから、これに着目してグーグル検索した結果、中国では産学連携による特許/技術の事業化に傾注していること9)、同院教授がCEOを務める同院発AIチップユニコーンのCAMBRICONが100億円単位の出資をALIBABAなどから得ており10)、更には同ユニコーンの技術がHUAWEIのスマートフォンなどに導入済であること11)などが次々と知得された(図12)。

図12 中国科学院関連記事(赤枠は著者付記)

図12 中国科学院関連記事(赤枠は著者付記)

以上より、著者が思い描いたストーリー骨子が信憑性を帯びてきた。すなわち、「中国では、大学研究機関が技術開発を主導し、その成果の社会実装をBATやHUAWEIが全面支援しているのでは? そうすると当然ながら国策も絡む(裏で政府が働き掛けている)のでは?」という、弊ストーリー骨子が裏付けられた格好となった。紙面の関係で割愛せざるを得ないが他にも様々な裏付けが得られたことから、かかるストーリー骨子に適宜肉付けしてストーリーとして採用することとした。

5.6 ブーメラン分析で検証したストーリー結果例

以上より検証されたストーリー結果に「中国における産官学連携醸成によるエコシステム、日本は二周回遅れ」というアイキャッチなタイトルを付し、魅せ方を意識したエグゼクティブサマリー例を図13に示す。あいにく著者には絵心が無いため、ビューティフルとはいえないが、魅せ方への拘りが少しでも読者に伝わり、参考になれば幸いである。一点補足すると、弊エグゼクティブサマリーでは、特許マップは存在しない又は残存したとしても決して主役ではない(図13は後者に相当、後述する図19は前者に相当)。何故ならば、特許マップは気付きの起点などの意味で重要なるも、そこから仮説検証され、何らかの提言のレベルまで昇華されたものこそが、相手方(事業部や経営企画部など)の琴線に触れることができるからである。

図13 ストーリー結果(エグゼクティブサマリー)例

図13 ストーリー結果(エグゼクティブサマリー)例

6.事例紹介その2(MaaS潮流下の深堀テーマ探索)

6.1 ビジネスモデル検討向けミクロ視点アプローチ

近年の「モノのサービス化」により、新たなビジネスモデル(コトづくり)への変革が求められている。特許情報には、いわゆるビジネスモデル発明に関するグローバルインデックスも用意されており、著者自身、以前から新規ビジネスモデル検討に活用してきた。例えば、「知財情報戦略-自動運転編-3)」では、「自動運転時代の新たなビジネスモデルを炙り出す」というお題を受け、「自動運転×ビジネスモデル発明」という切り口で数百件レベルのスマートな母集団を作成し、個々のビジネスモデル発明関連公報を創意工夫しながら読み込み、新規ビジネスモデルを検討した。

2016年2月当時の検討結果一覧を図14に示すところ、3年半以上経った今も実現していないものが多いが、少しずつ現実味を帯びてきたものも見受けられる。例えば、「win-win型自動運転公共バス(図14上の④)」については、バスに限られない拡張形として電車や飛行機などともデータ連携し、もって交通手段の最適化を図ることを示唆済であり、今、話題のMaaS(Mobility as a Service)に通じるものであり、MaaS自体、国内でも既に実証実験がいくつも始まっていることから現実味を帯びてきている。

図14 自動運転時代の新ビジネスモデル検討例

図14 自動運転時代の新ビジネスモデル検討例

この種の検討では、個々の関連公報の読み込みをいかに効率化するか、読み込んで得た情報の価値をいかに高めるか(何らかの示唆といえるレベルまで昇華できるか)が肝心である。ここで、読者の混乱を避けるために補足すると、ストーリー(骨子の)構築は、前章の事例がそうである通り、マクロ視点からアプローチすることが多く、その最たるものが業界潮流把握を前段に行うIPランドスケープ2.02)である。しかしながら、テーマによっては、ビジネスモデル発明関連公報やこれに準ずるものを起点とした検討が有効な場合が有り、かかる場合には、自ずとミクロ視点からのアプローチとなるため、思考を切り替える必要がある点に留意願いたい。

前置きが長くなったが、本事例は、かかるミクロ視点からのアプローチを用い、MaaS潮流下の深堀テーマ探索を試みたものである。

6.2 関連公報の絞り込みの勘所

関連公報の読み込みには、当然ながら相当の時間を要するため、いかに目的に応じて対象を絞り込むかが一つの勘所となる。本事例のMaaSについては、ビジネスモデル発明のインデックスの内、運輸分野が該当し得るが、同分野だけでは広範で膨大な公報数になってしまい、かといって(自動運転などとは異なり)キーワードなどで容易に絞り込めるものではなく、スマートな母集団の実現は難題である。そこで鋭意検討した結果、昨年実施したCASE潮流分析に用いた検索式に着目し、MaaSとの相関が期待されるS(hared)要素を切り出して予備検索を行い(図15の①)、その結果(予備的母集団)を用いて各キーワードの頻出度や相互関係性からなど高線マップを作成し、そこから関連キーワードや関連インデックスの候補を特定し(同②)、該当件数の伸張度などから候補の絞り込みを行い(同③)、絞り込まれた関連キーワードや関連インデックスを反映してスマートな母集団を設定した(同④)。母集団の妥当性を検討する目的も兼ねて、出願人×インデックスのマトリクスマップを作成し(図16)、顔触れや各社の傾注領域を確認した結果、Uberなどの(Shared and Service)関連企業や日立製作所などの交通インフラ関連企業が上位にランクインし、一定の妥当性が認められた。また、著者が不勉強のため知らなかったMaaS関連企業、例えば、MaaS用スマホアプリを提供するVIA TRANSPORTATIONなども出現するなど、一定の網羅性も認められた。また、MaaSとの関連性の高いマルチモーダル関連インデックスも特定され、これが付された公報を中心として読み込みことが効率的との結論を得た。

図15 MaaS分析用のスマート母集団の設定例

図15 MaaS分析用のスマート母集団の設定例

図16 母集団の妥当性検討例(マトリクスマップ使用)

図16 母集団の妥当性検討例(マトリクスマップ使用)

6.3 関連公報の読み込みの勘所

関連公報を手間暇掛けて読み込むからには、当然ながら何らかの示唆といえるレベルまで昇華できなければ無意味であり、これには技術読解力だけでなく相当の想像力や発想力が求められる。かかる場面で著者が心掛けているのは、ビジネス視点での発想である。ビジネス視点での発想といわれても、雲を掴むような話になり兼ねないため、分かり易い事例で紹介したい。

上述したスマート母集団にはいくつかのトヨタ名義関連公報が含まれており、その内の一つたる特開2019-075039(2019年5月公開)の【課題】と【解決手段】には、下記の通り記載されている。

『【課題】移動体の所有者でないユーザが移動体を所定の目的で利用可能とするための移動体の利用システムを提供する。
【解決手段】移動体利用システム10は、自動運転可能に構成された車両100と、車両100と通信するサーバ200とを備える。サーバ200は、車両100の所有者でないユーザが車両100を所定の目的で利用するための利用申込みを受信すると、その利用申込みに従ってユーザに車両100を利用させるための指示を車両100へ送信する。車両100は、上記指示に従って、利用申込みを行なったユーザのもとへ移動する。』

ここまで読み進んだ時点で、ビジネス視点での発想を試みて頂きたい。読者の皆さんには、何が思い浮かぶだろうか?

当時の著者が何から何を思い描いたかといえば、【課題】に記載の「所定の目的」に反応し、【課題を解決するための手段】に記載の「利用申込みを行ったユーザのもとへ移動する」という記載から「トヨタのe-Palette」を鮮明に思い描いた(図17)。以前、目にしたe-Palette関連記事12など)の記憶をも鑑みて著者が発想したのは、「予め登録されたユーザに対し、ユーザの目的に応じた形態、例えばユーザがピザ屋であれば、ピザを調理できる厨房が利用可能かつ車体に配された大型ディスプレイにピザの広告が表示された形態でユーザのもとに出現するもの」であった。弊発想を検証するべく【発明の詳細な説明】まで読み進んだところ、「所定の目的とは、たとえば、喫煙室としての利用、休憩室(喫茶利用など)、自習室、仮眠スペース、映画やビデオの観賞、娯楽室、交流の場など飲食店を想起し、その一形態としてピザ屋を想起することは可能であろう。このようなビジネス視点での発想や具体例への昇華が関連公報の読み込みの勘所だと著者は考える。なお、既に周知のe-Paletteについては、たとえ基本特許(出願)を特定したとしても新潮流といえるものではないが、ここでは分かり易い事例として紹介したことを申し添える。

図17 トヨタ名義関連公報から具体的事例への昇華例

図17 トヨタ名義関連公報から具体的事例への昇華例

6.4 関連公報読み込みを起点として昇華された具体例

一次スクリーニングを経た数十件の関連公報の読み込み結果の一例を示すと、交通運行システム企業であるイスラエル発スタートアップのOPTIBUSと日本のNEC、更には地図企業として著名なHEREの3社に共通してSNS情報の活用志向が認められた(図18)。具体的には、OPTIBUSとNECでは、SNS情報を含む膨大な情報をAIで分析して運行の最適化を図る志向が、HEREでは、SNS情報を活用して自社地図情報の価値増大を図る志向がそれぞれ認められた。交通運行システムについての具体例としては、話題のコンサートが週末に開催される場合、SNS上でスマホユーザ同士が「興味有り」や「いいね」などで意思表示した情報を収集/分析し、会場最寄り駅やバス停までどの位の数の観客がどのエリアからどのように移動するか、想定ルートの想定時間帯の混雑や渋滞の状況はどうかをAIで予測し、局所的な混雑や渋滞を回避するための最適ルートを提案することが挙げられる。かかる具体例は、OPTIBUSやNECの関連公報に明示されていた訳ではなく著者がビジネス視点で発想したものであるが、SNS情報活用の意義やAI適用の有用性を伝える上で好適であろう。ビジネス視点での発想のイメージを深めてもらえれば幸いである。

図18 SNS情報活用という共通点(具体的事例)

図18 SNS情報活用という共通点(具体的事例)

その他、米ゼロックスからスピンアウトしたCONDUENTの関連公報からは、“tailor-maid travel services”という個別化志向が発想された(図説割愛)。これらの潮流から更に発想すれば、いわゆる個別化や顧客視点(User-centric)の潮流が想起され、このレベルまで昇華できれば、新潮流又はユニーク潮流といっても過言ではないであろう。続いて、新潮流又はユニーク潮流としての妥当性を検討すべく、グーグル検索で根拠となり得る情報を探索したところ、権威あるIET(英国工学技術学会)が作成したレポート13)が知得された。同レポートによれば、MaaSにおけるKey featuresの1つとして、User-centric serviceが掲げられており、妥当性が裏付けられた格好となった(図19)。

図19 新潮流としての「個別化」の炙り出し例

図19 新潮流としての「個別化」の炙り出し例

そこで、MaaSの深堀分析テーマとして個別化に焦点を当てることとし、これに適した母集団を新たに作成して追加分析した結果、同母集団上でHEREが首位となり、大きく存在感を増した。そこで同社名義の関連公報を読み込んだ結果、例えば、ユーザの志向や特性を勘案し、肥満を気にするユーザに対しては、交通手段の一部に徒歩を組み込み、景観の良い公園を横断して気持ち良く散歩しながらダイエットさせるものが発想された(ここでもビジネス視点を反映)。

6.5 「個別化」を鍵とした注目プレイヤーと相互関係例

一連の分析結果に基づき、魅せ方を意識したエグゼクティブサマリーとして仕立てれば、図20のように例示される。図20では、「個別化支援機能プラットフォーマ、自動運転志向OEMメーカ、配車/配送拡充狙うサービサの3者が密接に関係し合い、個別化を訴求点としてMaaS普及の原動力となる」という、大胆ともいえるストーリーに仕立てたが、読者の皆さんにとって納得感のあるものであろうか。仮に納得感を得た読者の勤務先がMaaSに関心があるとすれば、これを社内での議論の叩き台として活用し、「自社アセット(保有特許など)を活用した攻め筋検討」といった更なる深堀分析テーマを設定可能であろうし、これを設定してIPランドスケープを実践すれば、事業部や経営企画部などの琴線に触れるのではないだろうか。

図20 エグゼクティブサマリー例(個別化がMaaSの鍵)

図20 エグゼクティブサマリー例(個別化がMaaSの鍵)

7.おわりに

本稿では、ストーリー性とエグゼクティブサマリーを伴う提言をこれまでのものと区別する意味でIPランドスケープ3.0と称し、具体的事例を用いてエッセンスを紹介した。紙面制約に加え、そもそも暗黙知の部分が多いこともあり、伝え切れない点も多々あっただろうが、読者の皆さんにとって、IPランドスケープの実践に向けた第一歩、既に歩んでいる方には更なる一歩に繋がれば望外の幸せである。

末筆ながら、日頃から互教の精神でお付き合い頂いている同志の方々には、この場をお借りして心からお礼を申し上げたい。私事で恐縮だが、最近、IPランドスケープに関するビジネス書14)と専門書15)のそれぞれの上梓を果たしたところ、いずれも同志の方々には共著などでご尽力頂き、感謝してもしきれない。今後も同志の方々からの支援を得ながらIPランドスケープの更なる手法改良、実践に努め、もってIPランドスケープの普及に尽力したい。

注記(引用文献、参考文献)

Web参照日は2018年8月30日。文献の名称・URL・肩書などはいずれも執筆当時のものです。

1)IPランドスケープ実践に役立つ知財情報戦略、Japio YEAR BOOK 2017http://www.japio.or.jp/00yearbook/files/2017book/17_2_10.pdf

2)IPランドスケープ2.0、Japio YEAR BOOK 2018http://www.japio.or.jp/00yearbook/files/2018book/18_2_08.pdf

3)知財情報戦略-自動運転編-、㈱日経BP社(2016年7月)
http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/255890.html

4)人工知能(AI)強国を目指す中国、日本総研(2018年)https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/rim/pdf/10456.pdf

5)AI大国に躍り出る中国、富士通総研(2018年4月)http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/newsletter/2018/no18-008.html

6)“自動運転版Android”を作る、BaiduのApollo計画、EE Times Japan(2018年6月)https://eetimes.jp/ee/articles/1806/28/news114.html

7)フェースリコグニション(顔認識)技術の最前線、ターミネーターの世界が既に現実にもとに!、GloTech Trends(2017年9月)
https://glotechtrends.com/megvii-face-recongnition-170911/

8)WARTIX.AI HPhttp://www.watrix.ai/en/

9)官民一体でAIに賭ける中国、JETRO(2018年4月)https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/4b74a7b2404cd25c.html

10)1億米ドルを調達 AIプロセッサ分野初のユニコーン企業に―中国科学院系の寒武紀科技、週刊BCN(2017年9月)https://www.weeklybcn.com/journal/news/detail/20170920_158204.html

11)中国初のクラウドAIチップが発表、人民網(2018年5月)
http://j.people.com.cn/n3/2018/0504/c95952-9456544.html

12)【最新版】トヨタのe-Palette(イーパレット)とは?MaaS向けの多目的EV自動運転車(2019年2月)https://jidounten-lab.com/u_toyota-e-palette

13)Could Mobility as a Service solve our transport problems?, IEThttps://www.theiet.org/media/3666/mobility-as-a-service-report.pdf

14)IPランドスケープ経営戦略、日経新聞社(2019年3月)
https://www.nikkeibook.com/item-detail/32266

15)IPランドスケープ実践事例集、技術情報協会(2019年5月)
https://www.gijutu.co.jp/doc/b_1996.htm

※ 本記事は『Japio YEAR BOOK 2019』(一般財団法人日本特許情報機構、2019年12月発行)掲載の寄稿を転載したものです。本文中の内容・数値・所属・肩書などはいずれも執筆当時のものです。

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